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  • 2022.11.02

世界2位からの後退――ワールドカップで女子日本代表に何が起こったのか【後編】

世界の逆襲、日本は夜明け前の最も暗い時期を乗り越えられるか

「FIBA女子バスケットボールワールドカップ2022」で9位に終わった女子日本代表。東京2020オリンピック(以下、オリンピック)での銀メダル獲得が鮮明な記憶としてあるだけに、今回の結果に落胆したファンもいるだろう。ただ、今の日本は“日本らしい”チームとしての完成度から遠いところにある。世界の強豪国を相手に戦うチーム作りは、特に新しいアプローチでそれに取り組んでいる日本にとって、けっして簡単なことではないのである。

 だからといって、今回の敗北を見過ごしていいわけではない。選手たちは常に“今”を欲している。未来ばかりを見てはいられない。日本らしい、信頼に裏打ちされたチームを作ることはもちろん最大の課題だが、バスケットにおいても、早急に取り組むべき課題は多く残された。

 ひとつは誰の目にも明らかだったと思うが、今大会の日本は3ポイントシュートの精度が最後まで上がらなかった。置かれた状況や選手、チームスタイルが異なるため一概に比較はできないが、東京2020オリンピックで出場12か国中1位だった3ポイントシュートの成功率(38.4%)は、今回のワールドカップで9位にまで落ちている(26.8%)。よく「シュートは水物」と言われるが、それでもサイズやパワーで見劣りする日本が世界で勝とうと思えば、「水物」の3ポイントシュートを、どこまで計算できるところまで引き上げられるか。それが大きな課題だろう。精度だけでない。それをフリー、もしくはフリーに近い状況で打たせられるかという戦術や動きも求められる。簡単ではないことは百も承知だが、オリンピックを経てのワールドカップを見たとき、そのことを改めて痛感させられた。

 また“ポイントガードが止められたためにオフェンスが停滞した”ことは、フィールドゴールの平均アテンプト数62.6本でも見て取れるし(12か国中11位。1位のアメリカは10本多い72.6本を打っている)、それとも密接に結びつく“ミスが多かった”ことに関しては、1試合平均のターンオーバー数が13.4個とオリンピックのときから3個以上も増やしている(オリンピックでは1試合平均10.3個で、出場国中最少だった)。

 もちろんそれらは日本に対する相手国の対策によるものでもあった。恩塚亨ヘッドコーチも「それはもう特別な対応をしているなと感じました」と答えている。

「スカウティングで我々が見ているプレーとは違うプレーをオフェンスでもディフェンスでもしてきていました。一番象徴的なことは『ハーフコートのゲームにする』ことが相手のプランで、普段フルコートで当たるチームでも絶対にハーフコートで守ってきて、そこではとにかくガードに対するディナイ、クラッシュをしてくることがあったと思います」

 クラッシュとは「激突」「衝撃」の意味だが、簡単に言えば「つぶしにかかる」といったところだろう。相手国はハーフコートで日本のポイントガードを徹底的にクラッシュして、彼女たちの自由を奪ったわけである。オリンピックでの町田瑠唯の活躍を思えば、選手が違うといっても日本のポイントガードを抑えにかかることは、ある意味で理解できるところである。そして日本の攻撃の起点となるポイントガードの自由を奪うことは、すなわち日本のリズムを奪うことにもなる。

「相手のオフェンスに関しても、日本の厳しいプレッシャーディフェンスに対して、相手が戦術で対応してくると、私たちもアジャストできるんです。でも今回は手数を減らして、もはやアイソレーションのような、個人の力でこじ開ける戦い方をしてきていました」

 相手国は自分たちが日本よりも秀でているフィジカルの強さで、日本が優位だと考えているスピードや緻密な連携をつぶしてしまおうと考えたのである。そうしたフィジカルの差はこれまでもずっと言われてきたことだが、オリンピックを経て、彼女たちはそれをより前面に押し出してきたというわけだ。相手国にとっては戦略の勝利であり、日本にとってはその敗北だったともいえる。

 少なくとも今大会は、相手のフィジカルな個人プレーへの対応がうまくなされなかった。それでも平均失点を66.4点に抑えているのだから、恩塚ヘッドコーチがディフェンスに及第点を与えるのも理解できる。

 問題はオフェンスである。上記のとおり、起点となるポイントガードがつぶされたとき、チームとしてのリズムを奏でることができなかった。「卵が先か、鶏が先か」ではないが、合宿当初から練習してきた「サポートの原則」と呼ばれる、ボールマンが困ったときにパスを受けられる場所に顔を出す、もしくはよりスペースを広くするといったことさえうまく機能しなかった。ひとつの側面にしか過ぎないかもしれないが、恩塚ヘッドコーチが落とし込もうとしている“原則”は、まだまだ選手たちの腑に落ちていないのだろう。

 また「アジリティ」の再構築も欠かせない。アジリティとは状況に応じたプレーを素早く、適切に選択・実行すること。しかもそれを選手個々がやるだけでなく、ボールマンなど起点になる選手が動いたときに、周りの4人も素早く、かつ適切に連動していく。決められた動きの中でそれをするのであれば、まだ容易かもしれない。しかしこれまでドライブをしてこなかった3ポイントシューターがいきなりそれを実行することもある。選手たちは常に全体の状況を見て、ボールマンの判断を把握して、判断しなければならないのだ。ひとつのずれが、チームに与える影響はけっして小さくない。

 むろん恩塚ヘッドコーチが就任して以来、そのアジリティをチームの根幹に掲げ、トレーニングしてきたわけだが、今の日本が取り組んできたのは相手の戦術に対してのアジリティだった。こう動いたときに、相手チームがこう守ってきたら、こう動こう。そんな原則を用いて、相手チームの戦術に対応しようとしていた。

 しかし今回やられてしまったのは、それではない。前記のとおり、相手国がフィジカルの強さを生かした個人プレーで日本に対抗してきたのである。それに対しての準備はきちんと整理されていなかった。その対応がままならなかったために、チーム全体としても立て直すこともできなかったのである。

 世界でメダルを目標にしているのは日本だけではない。中国も、オーストラリアも、カナダ、ベルギー、セルビア、フランス、そしてプエルトリコ……今大会に出られなかったスペインやナイジェリアなども虎視眈々とそれを狙っているはずだ。いや、中国に至っては日本と同じように金メダルを狙っているのかもしれない。今大会の彼女たちの戦いぶりを見ると、それを強く感じさせられた。

 世界は常に動いている。それも上へ上へと。スカウティング網は世界中に張り巡らされ、各国が取り入れようとする戦術と、それをさせないための戦術は瞬く間に世界中に広がっていく。ただ戦術だけがすべてではない。特に日本のようなサイズやパワーといったウィークポイントを持つチームに対しては、今大会がそうであったように、強豪国同士の対戦では見られない戦術も強いてくる。もしかするとそれは古い戦い方なのかもしれないが、戦略的にそれさえもあることを今回のワールドカップは再認識させてくれた。

 ワールドカップ後に発表された最新のFIBAランキングで、それまで8位だった日本は9位に格下げされている。一方で7位だった中国は2位にジャンプアップしている。その他の結果を、現地でワールドカップを見た感覚と照らし合わせてみても、今のパワーバランスはおおむねそれが適当だと思われる。ランキングがすべてではないが、今のままでは日本が2024年のパリオリンピックで金メダルを獲るのは厳しいと言わざるを得ない。我々が気づくような課題――3ポイントシュートの精度向上やターンオーバーを減らす、個々のフィジカルプレーへの対応といったことはもちろん、我々では見えない微細なところまで突き詰められるか。そのことを突きづけられたワールドカップだった。

 それでもなお言いたい。最終成績はオリンピックから大きく下回ってしまったが、今回の結果がオリンピックの銀メダルを超えるために必要な敗北だったと言える日が来ることを期待している。今は夜明け前の一番暗いとされる時期である。このあとにAKATSUKI JAPANの日の出の勢いがあると信じて。

世界2位からの後退――ワールドカップで女子日本代表に何が起こったのか【後編】

Text by Futoshi Mikami
Photo by Yoshio Kato

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