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  • 2023.09.02

【FIBA WORLDCUP 2023】つながる流れ、つながる思い。(vsベネズエラ代表)

4分14秒。

日本がベネズエラからリードを奪った時間は、40分間のゲームのうちたった4分14秒しかなかったのだ。

ベネズエラはとても小気味いいバスケットをするチームだった。最長身が203センチというスモールラインナップながら、カッティングや素早いパス回しを駆使して、確実にオープンスリーを沈めてくる。さすが南米の雄・アルゼンチンを倒して本大会に勝ち上がってきたチームだ。

しかし、日本には勝算があった。ベネズエラは大会中のアクシデントで主力の2人がチームを去り、うち4人が35歳オーバー。トム・ホーバスヘッドコーチは選手たちに速いペースのゲーム展開を求め、カッティングとパスを多用することでベネズエラの足を奪った。

結果的にホーバスヘッドコーチのプランは的中し、日本は無事勝利を収められたわけだが、試合のほとんどの時間で精細を欠いていたのも事実。最大15ビハインド、第4クォーター開始時に9点ビハインド、残り2分を切ってようやく逆転という試合展開に、一体どれだけの人々がやきもきさせられただろうか。

「疲れたよほんと。疲れた」

試合を終えたホーバスヘッドコーチはそう言って笑った。

この試合でフィーチャーすべき選手はたくさんいるが、まずは比江島慎について語らないわけにはいかない。チームトップの23得点を挙げた比江島は、そのうち17得点を第4クォーターに集中させ、85.7パーセントという脅威的な確率で6本の3ポイントシュートを沈めた。

比江島は世にも不思議な魅力を持つ男だ。ナイーブなくせに大胆で、寡黙なのにコートの上では誰よりも雄弁。その振れ幅の大きさと危うさに、気づけば誰もが引き付けられてしまう。

試合後、ミックスゾーンで大勢のメディアに囲まれた比江島の右手には、試合でもっとも活躍した選手に贈られるトロフィーが握られていた。

「あー……実際、自分のこの悔しい経験とか長いオリンピックやワールドカップの経験を生かしてじゃないですけど、そういった経験が欲しくてトムさんは選んでくれたと思うので、その経験を証明できましたと言いますか……」

いつもどおり、語尾の聞き取りづらいコメントを発しながら、比江島は国際大会で得た初めてのトロフィーを汗まみれのユニフォームで拭いていた。

比江島が爆発する前の時間帯をつないだのは、渡邊雄太のオールラウンドな得点だったが、渡邊は記者会見で「今日の流れを作ったのは間違いなく河村。彼がフルコートで相手のポイントガードにめちゃくちゃプレッシャーをかけてくれて、やりたいバスケをやらせなかったのが大きかった」と話した。

チーム最年少の22歳は土壇場でも冷静だった。馬場雄大のボールプッシュから比江島が逆転弾をねじこみ、会場全体がお祭り騒ぎだった残り1分55秒、何度も何度も「落ち着いて」とジェスチャーを繰り返し、仲間たちにおそらく同様の言葉を伝えていた。

さらに脱帽だったのが、比江島のフリースローで2点差を作り、直後のベネズエラの攻撃をしのいだ直後のポゼッション。リバウンドを奪ったジョシュ・ホーキンソンからボールを受けた河村はその勢いのまま攻めるかと思いきや、審判に汗で濡れたボールを交換するよう要求し、ゲームクロックを止めた。

河村はその意図についてこう説明した。

「実際にボールがすごく濡れていたのもあるんですけど、次のワンポゼッションで勝負が決まると思ったんで、1回ゲームを止めてトムさんにコールを確認したくて。汗をうまくアピールできてよかったです」

そして「勝負が決まる」と読んだこのポゼッションで自ら3ポイントを沈めた。

「このチームは1試合ごとに成長できるチーム」と話す河村は、今大会における自身の成長についても確かな手応えを得ている。

「自分もまだ若いほうですし…なんだろう、スポンジのように何でも吸収できるし。こういった力は若さの特権というか、若い選手は誰でも持ってる能力だっていう風に思います。こういった機会を与えてくれたトムさんに感謝したいし、あと1試合も成長していきたいなって思いました」

そして最後に、このような華々しいパフォーマンスを見せた選手たちの陰で、地道にチームを支えた選手たちについても紹介したい。渡邊と馬場雄大のバックアップを務めた吉井裕鷹と、ホーキンソンのバックアップを務めた川真田紘也だ。2人はプレータイムやスタッツなどの数字に目立ったものはないが、ディフェンスやリバウンドに全力を注ぎ、チームの勝利に貢献した。

男子バスケ界は、高校時代までに全国上位層で活躍した選手の大半が関東の大学に進む傾向にあるが、2人はともに関西の大学出身のビッグマン。そしてともに、その出自をものともしない大きな自信をもって自らの仕事を全うしている。

吉井は言う。

「コートに立つときには、自分が起爆剤になってやろうって思ってプレーしていました。僕ができるところはかなり少ないし、実際、逆転する場面で自分がコートで貢献できることは少なかったんですけど、いい雰囲気で逆転できたので本当によかったです」

川真田は、枯れた声でこう言っていた。

「僕のできることはリバウンドやゴール下の合わせだと思ってます。今日は河村のドライブに対してスペース作りもできました。あれはある意味自分の得点でもあると思ってますし、ああいうところで貢献できたのはすごくいいことだと思いました」

渡邊に2人の献身について尋ねると、次のような言葉が返ってきた。

「彼らはボックススコアに出ないところで、ずっと体を張ってくれています。世界を全然経験したこともないし、Bリーグでもそんなに多く出場できてる選手たちではないんですけど、それでも自分たちの役割を徹底して、いつも『自分たちの仕事はスタッツに残ることではない』と声をかけ合ってやってる。ああいう選手がいるチームってすごい強いと思います」

そして、少し面映そうな笑みを浮かべて続けた。

「本当にNBAでやってる僕を見ているようで、なんか……あの…誇らしく思います」

その言葉に、渡邊が長年その身を削りながら伝えてきたメッセージが、次の世代へと確実に受け継がれていることを感じ、涙が出た。

記者会見場からメディア用のワーキングルームへの導線の途中には、サブアリーナがある。記者会見が終わったのは23時を回ろうという時間だったが、アリーナからはプレータイムが少なかった選手たちの元気のいい声が響いていた。

この大会で日本のゲームを見ていると、よく「つなぐ」という言葉が頭に浮かぶ。

誰かが作った流れを別の誰かがつなぐ。お互いが手をつなぎ、信じ合い、結束する。年長者たちの悔しさと知見を若い世代がつなぐ。

ワールドカップにおける日本代表チームのゲームは、あと1戦となった。2日のカーボベルデ戦、彼らこの大会でつなぎ、育んできたものの集大成を見たい。

【FIBA WORLDCUP 2023】つながる流れ、つながる思い。(vsベネズエラ代表)

TEXT by miho awokie

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