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  • 2022.11.02

世界2位からの後退――ワールドカップで女子日本代表に何が起こったのか【前編】

敗戦を乗り越えるには確固たる信頼関係が必須だった

 9月22日から10月1日まで、オーストラリア・シドニーでおこなわれた「FIBA女子バスケットボールワールドカップ2022」はアメリカの4大会連続11回目の優勝で幕を閉じた。

 日本は12チーム中9位。東京2020オリンピック(以下、オリンピック)の銀メダル獲得で、これまでよりも注目度は高まっていたが、グループフェイズさえ突破できずに大会を終えることになった。

 日本の結果を振り返る前に、ひとつ記しておきたい前提がある。世界の女子バスケットシーンを見ると、やはり優勝したアメリカが一歩も二歩も抜けている。今大会でも1試合の平均得点98.8点は同2位の中国を17点以上も離している。平均失点も出場12か国のなかで唯一50点台(58失点)。それをスー・バードやダイアナ・タラーシといった、長くアメリカを牽引してきた経験豊富な選手が抜けたにも関わらず実行できるのだから、やはりアメリカは強い。今大会のキャプテンを務めたブリアナ・スチュワートは「私がこれまでスーやディー(ターラシ)から学んだのは勝つための方法と、それがさまざまな形で行われることでした。彼女たちの言葉を使ってチームメイトに伝えることもあります」と言っていることからも、勝者のメンタリティーはしっかりと受け継がれているとわかる。

 その一方で、2位から8位までの国、つまり決勝トーナメントに進んだ中国、オーストラリア、カナダ、ベルギー、セルビア、フランス、プエルトリコはいつ、どこで、その順位が入れ替わってもおかしくなかった。グループフェイズの組み合わせや対戦の順番など、そのときの状況によって、どの国にもファイナルに進むチャンスがあったというわけだ。

 ただ、今大会の日本はそのグループにさえ入ることができなかった。その理由は、たとえば“3ポイントシュートの確率が悪かった”、“ポイントガードを抑えられてオフェンスが停滞した”、“ミスが多かった” といったバスケット的な敗因だけでなく、もっと根本的な、“チーム”としての形を作れなかったからのように思える。

 ご存じのとおり、オリンピックを終えて、日本のヘッドコーチがトム・ホーバスから恩塚亨に替わった。日本だけではない。オリンピックを境にヘッドコーチを替える国は少なくなかった。実際、今回のワールドカップでもオリンピック後にヘッドコーチが替わった国は、オリンピックに不出場だった2か国を除くと、10か国中7か国もある。優勝したアメリカ、2位の中国もそのなかに含まれる(中国のヘッドコーチが替わったのは、2021年10月のアジアカップ以降)。それでも彼女らは世界で戦えるだけのチームを作り上げてきた。

 日本も当初は順調にチームを作り上げているように見えた。オリンピックの約2か月後におこなわれたアジアカップで大会5連覇を達成していることからもそれは窺える。高田真希や町田瑠唯など、オリンピックで活躍した多くの選手を欠いているにも関わらず、である。

 今回のワールドカップはそのアジアカップ組をベースに、町田こそ加わらなかったものの、高田や渡嘉敷来夢、宮澤夕貴といった経験豊富なベテランが加わり、ドイツで研鑽を積んだ安間志織、若く勢いのある吉田舞衣、平下愛佳も加わった。ワールドカップに向けた期待も高まったのは無理もない。

 しかし、事はそう簡単に進まない。それがチーム作りの難しさともいえる。

「東京オリンピックのときに技術があったかっていうとそうではなくて、チームとしてお互いをカバーし合ったり、お互いの少しの気遣いが噛み合って“チーム力”になっていたんです。そうした判断のレベルは人によって違いますし、そこが本当に噛み合ってこないと、今回のようなゲームになるなということは強く感じました」

 オリンピックとワールドカップでキャプテンを務めた高田の言葉である。誰が悪いという話ではない。新しい選手が加われば、チームも新しくなる。今いる12人で、彼女たちの“女子日本代表”を築いていかなければならない。たとえばAという選手が加わったことで、パスのタイミングがワンテンポずれたとする。その差をみんなで埋めようと思えば、これまでかみ合っていた部分にもずれが生じる。それを直せば、次はまたどこかにずれが……といったように、さまざまなところを補修しながら、チームを完成形に近づけていく。それが女子日本代表というチームである。

 新しく加わった選手が1人や2人だったら、あるいはその差を埋めることも比較的容易なのかもしれない。高田や渡嘉敷、宮澤といったベテランが、その経験を生かし、チームを形作っていくこともできるからだ。

 しかし今回はチームとしての考え方そのものが変わっていた。激しいディフェンスと、オフェンスでは期待値の高いシュートを打つことを軸に据えることは変わらない。だが、ホーバス前ヘッドコーチが5年をかけて築いてきた確固たる役割分担制から、恩塚ヘッドコーチは、役割を与えながらも、状況によって“原則”と呼ばれる、いわばチームルールのなかから、選手が素早く選択・実行していく思考へとシフトしていった。簡単な例を挙げれば、オリンピックでは、ドライブの苦手な3ポイントシューターは3ポイントシュートだけに専念するという考え方だったのに対して、恩塚ジャパンでは3ポイントシューターがそれを打てなくても、自らがドライブに行けると判断したら、ドライブをする。そのための練習を個々でするよう導いてきたし、そのドライブに対してもチームメイトが状況に応じて瞬時に動く、もしくは動かないという選択をする。そうした“思考の変革”がオリンピックのときとは大きく様変わりをしたのである。

 今回のワールドカップでは、そうした考え方を一足先に経験したアジアカップ組がチームの土台となり、そこに高田らベテランが加わり、若手を含めた新規メンバーも加わった。高田や渡嘉敷らも、その考え方を完全に理解できているわけではない。だから浸透度も浅くなる。それが大会結果として如実に表れたのだ。

 もちろん同じスタイルでアジアカップはオーストラリアに勝ち、中国にも勝っている。勝つだけのポテンシャルは、そのスタイルにもあるといっていい。しかしチームが勝っていれば、選手個々のパフォーマンスがもうひとつしっくりこなくても、選手は何とか平静を保っていられる。悔しい思いをした選手もいるだろうが、それをワールドカップに向けた糧にすることもできただろう。今回のワールドカップでも初戦のマリ戦がそうだった。勝ったからこそ、パフォーマンスが上がらない選手も、次こそはと思えていたはずだ。

 だが、変えようとしている思考の最中で負けが続くと、疑心暗鬼にもつながりかねない危うさを含む。だからこそ、ワールドカップの第2戦、セルビア戦以降、負けが続いたときに、そこからの立て直しができなくなってしまった。もちろん誰もが勝ちたいし、その状況下でチームに貢献したいという強い気持ちは持っていたのだが、どこかひとつになりきれなかった。選手だけの問題ではない。コーチ、スタッフ陣すべてを含めて、である。あえて辛辣な言葉を使えば、強固なチームワークを生み出すだけの信頼関係を築けていなかった。

 それは時間を要することでもある。戦略・戦術や技術に精通したコーチ陣が集まり、才能豊かな選手が集まったとしても、国を代表するチームが一朝一夕でできるわけではない。以下、これも高田の言葉である。

「自分たちは恩塚ヘッドコーチのバスケットを信じるしかないですし、それを体現しなければいけません。そういった意味では時間がまだまだかかるなっていう印象はあるんですけど、もう少しやっていたらどうにかなるっていうよりも、もっともっと細かいことを突き詰めなきゃいけないところがたくさんあるなって思うんです。恩塚ヘッドコーチから言われていることもそうですし、自分が今まで経験してきたことで伝えられることは伝えなければいけないなっていうところもあるので、キャプテンとして、かつ、いろんなことを経験しているひとりの選手として細かいところを突き詰めていきたいなって思いました」

 日本人の持つスピードと粘り強さ、集団性、緻密な連携、そして攻撃では精度の高い3ポイントシュートを効率的に決めていく、世界を魅了したオリンピックでの戦い方は変わらない。ただ、そこに至るプロセスが大きく変わろうとしている今、それを自分たちの“モノ”にしていくには時間がかかる。ゲームは効率的に進められるかもしれないが、人の集まるチームを効率的に築くことはできないのである。今大会の敗北を通して、信頼関係を含めたより良いチームワークをいかに築くかが喫緊の課題だろう。

 そのうえで前述した“3ポイントシュートの確率”や“オフェンスの遂行力”、“ターンオーバーへのアプローチ”といった、バスケット的な敗因をクリアしていくことが求められていく。

後編へつづく

世界2位からの後退――ワールドカップで女子日本代表に何が起こったのか【前編】

Text by Futoshi Mikami
Photo by Yoshio Kato

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