• COLUMN
  • 2020.01.24

天皇杯を制した渋谷サンロッカーズの新戦術

川崎ブレイブサンダースと渋谷サンロッカーズ。ともに前回の天皇杯では4強に残れず、Bリーグでも昨シーズンは不本意な成績に終わっているがゆえに、いわゆる『今シーズンに本気でかけている』チーム同士の対決となった天皇杯決勝のストーリーを追う。

今シーズンの2チームはリーグでも最も大きな変貌を遂げている。またその変貌のためのチーム作りは似ている。選手の適材適所起用、激しい守りとボールを多く動かす攻め。どちらがこの天皇杯を優勝してもおかしくない、いわば試合をしてみないと最後まで勝敗はわからないというベストマッチだった。

まず川崎はチームの柱である篠山竜青を怪我で欠き、準決勝の前に二番手のポイントガードである藤井祐眞がインフルエンザを発症。司令塔2人を欠いた戦いを余儀なくされた。

「この時、辻、ニック(・ファジーカス)、J(ジョーダン・ヒース)を呼び、今までやってきたピックアンドロールでの攻撃をどんどん推し進めようと伝えた」と佐藤賢次HCは言う。

川崎というチームは東芝時代からの伝統でコーチ陣を含め選手とのコミュニケーションに独自の文化を持ち、チームの結束力にかけては素晴らしいプラットフォームを持つ。この佐藤HCの3人への指示を鑑みれば、やはり篠山と藤井というチームのムードメイカーでもあり、強いリーダーシップを持った二人に変わって、ベテランの3人の奮起無しには勝利はない。と言う想いを伝えたかったはずで、篠山と藤井が欠けたからといって川崎のバスケットボールは揺るがないんだ。ということをこの天皇杯で体現したかったのではないだろうか。

川崎はレギュラーシーズンから変わらずのプレッシャーディフェンスで、渋谷の選手に簡単にボールを動かせないことを徹底していた。このように今シーズンの川崎のディフェンスは他のチームとは差別化された特徴を持つ。それは脚でオフェンスについていくことはもちろん、両手をうまく使いながらもファールにはならないプレッシャーディフェンスができることだ。またオフェンスとの間合いをハーフアーム(腕半分)の距離まで詰める。

渋谷にしてみれば、試合の序盤で川崎にディフェンス有利の試合展開に持ち込まれることだけは避けたいという思いは大きかったようだ。

「ベンドラメと山内のガード陣は川崎のディフェンスを突破できるスキルを持っている。そこを信じていた」と渋谷の伊佐勉HCは言う。

その通り、ベンドラメ礼生は得意の左からのドライブでペイントエリアの奥までボールを運びフィニッシュまで何度も持ち込んだ。山内盛久は右から。このポイントガード陣のドライブは川崎のディフェンスに少しずつ亀裂を生じさせていった。特にピックアンドロールでファジーカスとヒースが、ボールマンへのショウディフェンスが出遅れるという課題を持っていた川崎にとって、そこをしつこいぐらいに責めることをやめなかった渋谷。これが渋谷の勝利への糸口になっていった。

オフェンスでは、試合中盤に向かってバランスよく得点する選手が散らばっている渋谷に対して、川崎はファジーカスと辻直人のところに集中していった。特にファジーカスの得点は、個人技でタフショットを沈めていくというファジーカスの真骨頂ともいうべきシーンが多く、逆に川崎のオフェンスが分断されている感は否めなかった。

もう一つ、川崎がオフェンスで大きくジャンプアップできなかった要因に、3ポイントシュートが不振に終わったということも大きい。成功率22.9%と35本打って8本しか入らなかった。レギュラーシーズンでは38%というリーグ1位の成功率を誇る川崎にとって、3ポイントシュートが決まらないというのは大きなジレンマとなっていた。川崎の今シーズンの試合を見れば、どのシューターもステップインしたときの足さばき次第で成功率が変わっていたが、結局、渋谷のディフェンスが川崎のシューターをギリギリまで追いかけて、安定した足さばきをさせていなかったのも勝敗を分けたポイントだろう。

一方で渋谷が今シーズンに入って大きく変えた戦術は、選手の出し入れをとにかく多くしながらも有利な流れを作っていくことだ。もちろんこの決勝でもその戦術はうまく機能した。

「選手の立場だと10秒でコートから戻されて、また1分後にコートに戻った時は5分出るという交代の激しい使われ方は時に混乱もするし、うまくかみ合わないままコートを去ってしまうことが多く慣れるのに時間がかかる」と広瀬健太は言う。シーズン最初には怪我のリハビリのためにコートの外からそれを見ていて、みんなやりにくそうだなと感じたこともあるそうだ。

しかし、伊佐HCの意図はこうだった。「関野にはボールプレッシャー、石井はゲームの起爆剤、渡辺にはオフェンスリバウンドと、全員の得意なプレーを個性としてどんどん前に出るように、試合への出し入れができれば、開始から終わりまでチームの熱量を維持しながら勝利できる。全員が長所を出し切れる策だ」
「まして昨シーズンのチームから格段と良くなったのは、コーチ陣、選手同士も含めコミュニケーションが細かいところまでよくできている。特にサイズがムードメーカーだしスペインスタイルのいい部分をチームに持ち込んでくれた」と広瀬は続けた。

確かに今シーズンの渋谷は、試合の途中で相手に押し込まれそうになっても、空中分解することが稀だ。この決勝でも最後の最後まで追い上げをしてきた川崎相手に持ちこたえていた。渋谷が優勝を手にした一番の要因はチーム全員の意思疎通ができていたからだろう。
敗戦後に佐藤HCは「終始渋谷ペースだった。川崎は耐えて耐えて粘ってという感じで最後は限界だった」と言った。その表情には悔しさしかなかった。

また、辻は涙を噛み締めながら「キャリアで初めてポイントガードをやったが、精神的にも体力的にも相当きつかった。でも二人のポイントガードなしで、ここまでチームが協力し助け合いながら戦えたことは、これからのための大きな収穫だ」と振り返った。

優勝後の記者会見で「最後、4点差になった時に泣いてしまいました。その時、山内が『まだ終わってねぇし』と僕に言ってきました。山内とは沖縄時代からずっと共に苦労してきて僕のことをよくわかっています。僕が泣き虫なことも」と言う伊佐HCは、そうは見えないかもしれませんがまだ興奮していますと。

この天皇杯決勝は78対73の5点差で渋谷が勝利したのだが、両チームともにトーナメント戦独特の一発勝負という興味深いストーリーがそこには多くあった。






天皇杯を制した渋谷サンロッカーズの新戦術

TEXT by 北舘洋一郎

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川崎ブレイブサンダース

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