田渡修人と田渡凌が「里帰りクリニック」を開催…足立区生まれの兄弟が、地元を盛り上げる第一歩

プロバスケットボール選手の田渡修人と田渡凌が、生まれ育った東京都足立区で「里帰りクリニック」を開催した。兄弟そろってクリニックを行うのは初めてだったが、バスケ少年・少女に向けた企画は大盛況。会場には約140名の子どもたちが訪れ、参加者全員に配られたTシャツには彼らのこだわりも感じられた。苦労もあったようだが、地域にも助けられて無事に一歩を踏み出した取り組みに迫る。

里帰りクリニックとは?
一般社団法人日本バスケットボール選手会は、BリーグやWリーグといったトップリーグで活躍する選手が育った場所や縁のある場所で子どもたちにクリニックを実施する「里帰りクリニック」を、2025年5月より行っている。これまで奥山理々嘉(トヨタ紡織サンシャインラビッツ)や田原隆徳(滋賀レイクス)が実施してきた中、同選手会の会長である田渡凌も今オフに取り組みをスタートした。
6月28日に田渡凌(愛媛オレンジバイキングス所属)は、兄・修人(福井ブローウィンズ所属)とともに「里帰りクリニック in 足立区」を開催した。2人と言えば、父・優氏(現越谷アルファーズユース総監督)が指揮を執っていた京北中学校・高校出身のイメージが強いものの、生まれ育ったまちは足立区。ミニバス時代は、同区内にある弥生第二スポーツ少年団青空クラブに所属し、修人は三兄弟の長男・敏信とともに4歳から、凌は3歳からバスケットボールを始めたという。
今夏、彼らが開催に至った背景には、主に2つある。ひとつは、足立区からプロバスケットボール選手が田渡兄弟しか輩出できていないことを踏まえ、クリニックを通じてプロ選手がどんな意識を持って練習に取り組んでいるかを子どもたちに感じてもらい、将来へのきっかけ作りを行うこと。もう一つは、区内の子ども食堂や児童養護施設の訪問を通じて、習い事ができない子どもたちがいる状況を知り、次世代が無償でバスケットボールを習える環境を提供したいという思いから、クリニックの企画に至った。

約140名の子どもたちへ、田渡兄弟からエールも
あいにくの雨模様となったクリニック当日だったが、会場となった足立学園中学校・高等学校の体育館は活気を帯びていた。運営スタッフによると、受付開始の朝8時直後から多くの子どもたちが駆けつけたという。小学5年生から中学3年生の少年・少女たち92名が集まり、定員の都合で見学のみとなった子どもたちを含めると、約140名が来場したのだ。参加募集および場所の提供には、彼らが共通の知り合いを通じてつながった同校およびバスケットボール部の顧問・山口裕朗先生の尽力も大きかったという。
また、凌が「会場に来てくれた人は、顔馴染みの方もたくさんいます」というように開催に携わったまちの関係者やお世話になった方もズラリ。父・優氏の姿もあった。さらに、参加者が着用したTシャツをよく見ると、田渡兄弟のこだわりも感じられた。ナンバリングを囲むように文字が配置されたデザインは、母校・京北のユニフォームでよく見た構図。まさにオマージュだ。凌は「僕らがやるなら、京北のロゴのデザインしか無いと思っていました。もう1人兄(長男・敏信)がいるのですが、デザインをやってもらって、お兄ちゃん(修人)にも確認して、調整しながら作りました」と語っている。
そして、クリニックは2人が行うスキルドリルに先立ち、ウォームアップからスタート。担当したのは、修人が宇都宮ブレックス時代にお世話になったタイソンこと、柴田宗範ストレングスコーチだ。ストレッチやももあげ、スキップ、ダッシュなどBリーグの公式戦で試合前によく行われているメニューを柴田コーチがどうやってやるのか、どこに効くのかなどを丁寧に解説。子どもたちにとっては、プレーに向けた準備の大切さを改めて感じる時間になった。
続いては、約40分ずつボールを使ったドリルへ。まず凌が、ドリブルとファンダメンタルのドリルを担当した。子どもたちは、参加者全員に提供されたTACHIKARAのボールを携えて、凌の指示のもと、腰の位置でボールをついたり、強くついたり、ドリブルでフロントチェンジをしながらオフハンドはお互いにタッチするなど、様々なメニューを実践。レイアップからのフィニッシュドリルも複数パターンが示され、入る入らないよりも凌からは「試合を想定して練習、工夫してね」と何度も声がかけられた。
修人が担当したシューティングスキルドリルでは、彼が試合前に行うフォームシューティングを解説。リング近くからのシュート、ミートしてシュート、さらにワンドリブルを入れてのシュートなど順を追って示され、「床からの反発を力に変えて、流れを感じながら打つ」などと声をかけた。6人が1グループになってのドリルでも、コーナーやウイングからのシュート練習、8本インのシュート競争も行われ、最後はフリースローも課せられた。「この1本で試合が決まるから、集中して」と、やはり修人からもゲームを意識させる言葉が飛んでいたのだ。
クロージングでは、参加者から寄せられた質問に対し、2人から様々なアドバイスが送られた。バスケのスキルを尋ねる質問が多かったが、彼らが強調したのはそれ以外の部分。特に、修人が「いま横にいる友だち、学校でのつながりはすごく大事にしてほしい。学生生活は短いし、中学3年間で(その後の進路が)ばらばらになるかもしれない。日常生活で満たされたほうが幸せになれると思う。バスケも大事だけど、それ以上に学校生活も大事にしてほしい」と語ったのは、印象深い。凌も、最後の挨拶で子どもたちに熱いエールを送っている。
「バスケットボールとか何かひとつに打ち込むと、人生は豊かになるし、いろいろな人に出会って幸せになれると思います。ひとつ一つの出会いを大切に。きょう、みんなは一人ずつバスケットボールをTACHIKARAさんからいただいて、人生で一度あるか無いかの経験かもしれません。(プロになりたいと手を挙げた子たちは)バケットボールひとつで、僕たちがやっている舞台まで来てほしいし、そういう選手が足立区から出ると信じています。きょう改めてクリニックをやって、みんなのレベルの高さに驚きました。お世辞では無いし、上手い子がこんなにいるんだと分かって嬉しかったです。これから定期開催できるように、僕と兄と(応援してくれる大人)みんなで動いていきます。足立区からバスケットボールを盛り上げていけるように頑張ります」

準備の裏側…「大変だったことは、全部です(笑)」
大盛況のうちに終わった里帰りクリニックin足立区。2人も充実した表情を見せたが、選手として試合に向かって準備するオンシーズンとは一転した取り組みに、苦労や学びもあったようだ。
修人は「大変だったことは、全部です(笑)」と切り出し、「社会人経験が無いので(ビジネス)メールを一通送ることにも慣れていないし、クリニックの資料を自分で作ることもなかなか難しかったです」と話す。ただ、取り組みを通じて「何をやるにも人なんだ」ということを実感し、一人でできなくても多くの協力を得られれば形にできる経験ができた。その過程で、まちの人たちの結びつきの広さも感じて「足立区内だとすぐにいろいろな方につなげていただきました。その人のつながりが新しくできたのがすごい、僕の中ではよかった」と、振り返る。
凌は、イベントをゼロから形にするプロセスを知った。これまでもイベントは何回もやったことがあるそうだが、アイデアを自分で企画書に落とし込んで、来賓関係者とのリレーション作りや取材をしてもらうためのメディアへの提案、当日の模様を収録してもらうための映像スタッフへの制作依頼など、彼は「難しかったわけではありませんが、結構細かく(初めて)考えました」と話す。
また、参加した子どもたちにボールをひとつずつ無償提供した取り組みも、凌がこれまで区内の児童養護施設へTACHIKARAのボールを寄贈した縁から、今回もブランド側に協力を働きかけて実施に至ったという。「一人ひとりにボールを渡せると思ってなかった」と、本人にとってもサプライズだったようだが、もらった子どもたちの反響はさらに大きかった。凌は「たぶん僕たちとクリニックした、Tシャツをもらったよりも、ボールをもらえたという思い出が、子どもたちにとって一番嬉しかったと思います。子どもたちに聞いたら、“もうめっちゃ嬉しいですよ”という感じでした。ボール1個あればね、バスケットは練習できるし、上手くなれると思う。ボールがきっかけになってくれれば良いですね」とも語ってくれた。

「続けることに意味がある」「必ず(次も)」
そんな彼らの取り組みを視点を変えて見てみると、区内の課題を解決するきっかけにもなりそうだ。区が公表している「足立区運動・スポーツ推進計画(令和6年3月改定)」によると、スポーツの課題として成人(16歳以上)のスポーツ実施率が低いことや、子どもの年齢が上がるにつれてスポーツの実施率が下がっているなどと報告されている。今回のクリニックは彼らが改めてバスケットボールの楽しさを伝えるとともに、無償で参加できる、それも会場が北千住という区民がアクセスしやすい街での開催。広くスポーツに触れる意味でも、意義は大きい。
まちの課題を伝えてみると、修人が「運動して、それをきっかけに、何か新しいことを見つける機会にも僕たちがなれれば良いなと思っています」と言えば、凌も「バスケってどこかでやっていた方が多くて、記憶に無いぐらい前に、そういえばオレ、バスケ部だったという人が多いんです。そういう人たちが、もう一回バスケットボールがきっかけでつながれるようなハブになれるようなことができれば良いなと思います」と語った。
また、スポーツの課題と言えば、やはり場所探しもある。今回も会場探しで難しさがあっただけに、彼らがバスケットボールコートをまちに建てることができたら、課題解決の一歩にもなりそうだ。仮定の話として、区内のどこが良さそうか聞いてみると、修人は「北千住」を挙げる。電車や自転車でもアクセス良好な場所にコートがあれば「そこで3×3の大会を開いても来やすいだろうし、いろいろなことができる」と話した。凌は、散歩で歩いた「荒川の河川敷」を挙げ、野球場やサッカーグラウンドの並びにバスケットボールコートがある未来を描いた。区内の関係者とも「コートを1ヵ所でも作りたいという話はしているので、それが実現できたら良いなと思います」と明かしている。
田渡兄弟に続くプロバスケットボール選手の輩出や、子どもたちのきっかけ作りを目的に始まった「里帰りクリニックin足立区」。試行錯誤しながら、1回目を無事に終えて、今後への期待も膨らむばかりだ。2度目の実施を見据えており、兄が「続けることに意味がある。自分がプロでやりながらこの1年間、いろいろな連携が取れるのでもっともっと企画を作っていきたい」と言えば、弟も「必ず(次も)やります」と宣言。「一回目があったから、この得られた経験や材料をもとに、次の資料も作れるだろうし、活動を継続的にやっていくためのスポンサー集めもできると思います。地元の人たちが、地元のために手伝ってやってくれたのが、僕は嬉しかったし、兄とやれたのもすごく楽しかった。どうやって継続していくか、またここから考えていかなきゃいけないと思います」と、凌も意気込んでいる。故郷を盛り上げる取り組みの続報に期待したい。
- 田渡修人と田渡凌が「里帰りクリニック」を開催…足立区生まれの兄弟が、地元を盛り上げる第一歩
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TEXT by Hiroyuki Ohashi
PHOTO by Ken Ando
