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  • 2022.10.21

日本とNBAがつながった日

太平洋に隔てられた日本とアメリカは、言うまでもなく遠い。会見場に現れた両チームの若手選手たちは、口々に「こんなに長いフライトは初めて」と感想を漏らし、アメリカからやって来たであろう記者たちは、ヘッドコーチや選手たちに帰路の時差ボケ対策について熱心に質問していた。

極東の島国に住まう我々日本人にとって、NBAは長らく遠い存在だった。前回のジャパンゲームの際、オフィシャルブックのインタビューに応じた漫画家の井上雄彦さんが、「『スラムダンク』を連載していたころ、NBAは本当に実在するかわからないような夢世界だった」と話していたが、日本人選手がドラフト一巡目で指名され、日本人対戦が実現するような時代になっても、私たちはどこか、彼らをディスプレイ上のバーチャルヒーローのようにとらえていたように思う。

しかし、今回のジャパンゲームは、確かな肌触りや息遣いをもって、NBAと日本の距離を縮めてくれた。

八村塁が本当に、ワシントン・ウィザーズの一員としてNBAの舞台で戦っていること。ステフィン・カリーやクレイ・トンプソンというスーパースターが本当に実在していること。世界最強レベルのバスケットボール選手たちが、東京の街並みを闊歩していること。

現地に居合わせた幸運な人々はもちろんのこと、リーグやチームによるSNSの投稿を追いかけていた人々も、「今、日本にNBAがある」と強く実感したことだろう。

ゲーム1の前日に行われた公開練習で、カリーのシューティングを長く手伝っていた少年が、比喩でなく本当に飛び跳ねながら言っていた。

「いつも映像で見てた選手がこんなに近くにいるなんて、やばくないっすか! 本当にあんな遠くからシュートを決めまくってる!」

八村がNBA選手として日本でプレーした意義
母国である日本で、NBAプレーヤーとして、NBAのゲームを行うという得難い体験をした八村は、メディア対応でしきりに「日本とNBAを近づけたい」「日本とNBAは近くなってきている」という趣旨のコメントを発した。

特にそれを強く感じたのが、公開練習後のメディア対応で、自身がジャパンゲームで及ぼす影響について尋ねられた際の回答だ。

「これまでもジャパンゲームはあったけれど、そこに日本人選手はいませんでした。僕が日本人NBA選手として日本でプレーすることによって、NBAの存在は近くなってくると思う。子どもたちや、今NBAを目指している人たちにとって、今回のジャパンゲームはすごくいい機会になるんじゃないかなと思います」

ゲーム1のティップオフ前。八村がウォーミングアップを行うためにさいたまスーパーアリ―ナのコートに姿を現したとき、観衆はアリーナのバックヤードに届くほどの歓声で彼を迎えた。

カリーのドリブルをティップし、ルーズボールダイブしたゲーム1。アンドリュー・ウィギンズとの1対1からアンドワンをもぎ取り、リバウンドからコースト・トゥ・コーストを決めたゲーム2。八村はコートに入れば必ず見せ場を作り、それを成功させ、世界最高峰の舞台で日本人が確かに戦っていることを我々に強烈に実感させた。

試合後の記者会見に現れた八村は、ゲーム1、2ともに、自分への歓声よりカリーへのそれのほうが大きかったと自ら切り出し、記者たちを笑わせた。

10代のころから多大な注目を集め、同じような問答に数え切れないほど応じ、日本のバスケットボール界を一人で背負わされてきた。だからなのか、八村は日本国内で多くの注目を受けるとき、どこか辟易とした雰囲気を漂わせていた。

しかしカリーというスーパースター、そして前年度のチャンピオンチームであるウォリアーズの面々が集った今回のジャパンゲームは、幸か不幸か、八村への注目はかなり分散された。彼にとってNBAは、自分が突出した存在として扱われずに済むという意味でも、とても心地いい居場所なのかもしれない。

ウィザーズのウェス・アンセルドJr.ヘッドコーチが「日本のファンの前で、笑顔で楽しんでいるルイを見るのがうれしかった」と話していた。練習場やコート内、会見場など様々な場所で、八村の年相応な笑顔をたくさん目撃した筆者も、同様の思いだった。

子どもたちに向けた橋渡しを担ったカリー
ジャパンゲームの主役であるはずの八村が霞むほどに、日本のバスケットボールファンを熱狂させたカリー。彼も、日本とNBAをつなぐというミッションを持って今回の訪日ツアーに参加していたようだ。

特にそれを強く感じられたのは、子どもたちとの交流。わずか4日間という滞在中に詰め込まれたイベントの至るところで、カリーは子どもたちに対するホスピタリティを発揮していた。

児童福祉支援活動を行うNPO団体と行ったクリニックでは、参加した子どもたちにスキンシップを交えながらレクチャー。サタデーナイトの数時間前に行われたコート改修の記念イベントでは、テープカットに参加した少年を抱き寄せ、カットしたテープに自身と参加選手のサインを書いてプレゼント。

試合会場でもボールボーイをポールに見立ててドリブルチェンジを行ったり、子どもたちからのサインに多く応じたりと、その眼差しは常に優しかった。

ゲーム2のあと、カリー本人にこのように振る舞う理由について尋ねると、たくさんの言葉が返ってきた。

「今回のようなツアーは、子どもたちのためにやっていると言ってもいい。彼らにバスケットボールを通してインスピレーションや自信、楽しさを与えるような交流は、ウォリアーズだけでなくNBA全体にとってすごくいいことだと思う。ひょっとしたら彼らのうちの一人が、高いレベルでバスケットをプレーしてくれるかもしれないしね。

バスケットボールを通して学びや多様性を伝え、人々とグローバルに交流していくことは、すごく意味があることだと思っている。私たちが日本、東京が大好きだということもさることながら、次の世代への希望、そして、スポーツによってもたらされる力を大切にしたいという思いで今回のツアーに参加したんだ」

セレブリティさえも霞ませるNBAプレーヤーの力
筆者は、国内のバスケットボールシーンを取材しているライターだ。恥ずかしながらNBAの動向はSNSで抑えている程度で、選手の名前も超有名どころしか知らない。ただ、そんなNBA門外漢だからこそ、今回のジャパンゲームの取材を通して、日本国内におけるNBAの熱狂をフラットに受け止められたように思う。

自分が持っている一番のジャージーとバッシュで”正装”した人々。自身のチケットで入れるコートに一番近い場所をダッシュで確保し、選手たちのウォーミングアップを食い入るように見つめる人の波。暗転したアリーナを星空に変えたスマートフォンのフラッシュライト。コロナ禍で封じられた大歓声が会場にこだまする高揚感。試合後に自然と沸き起こったスタンディングオベーション。

BTSのSUGAが、子どものようにうれしそうな表情でカリーと交流する様子は、NBAファンのみならず世界中のARMYにまたたく間に拡散された。関係者の招待だと思われた有名アイドルは、完全なるプライベートで観戦していたと後で報じられた。巨大アリーナをファンで埋め尽くすアーティストや、数百万人のフォロワーを誇るインフルエンサーが会場を闊歩しても、騒がれた様子はなかった。

猛烈な速さで駆ける。
信じられないテクニックでいなす。
とんでもなく高く跳ぶ。
火花が散りそうな強度でぶつかり合う。
それでもボールはリングに吸い込まれていく。

人間の持ちうる肉体的ポテンシャルのすべてを結集させたかのようなパフォーマンスを見せる異次元の住人たちは、セレブリティも一般人も一緒くたに「あこがれ」として見つめさせる、有無を言わさぬパワーに満ちていた。

そんな世界と日本が、少しずつつながっていこうとしている時代を、私たちは生きている。

その幸運なめぐり合わせと、橋渡しに貢献するすべての人々の存在に大きな感謝の念を懐きつつ、私の日々のルーティンには、今回のツアーで接した選手の中でもっともチャーミングだった、ジョーダン・プールの動向をチェックするという要素が加わった。

日本とNBAが近づいた日

TEXT by miho awokie

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