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  • 2025.10.09

岡田大河が明かす、ASモナコU21での挑戦を終えて

©asmonaco_basket_amateur

岡田大河が、フランス1部リーグで日本人選手として初めてコートに立ってからまもなく1年になろうとしている。昨シーズン、ASモナコU21での2シーズン目を迎えて、わずかな期間だったがトップチームで2試合に出場。いま開催中の「FIBA ユーロバスケット2025」でプレーしている選手たちの中には当時、彼が必死に食らいついた先輩もいるほどだ。ヨーロッパの1部リーグで活躍するという目標と現在地の距離感は――。21歳の司令塔に、昨シーズンの振り返りと、今後への想いを訊いた(取材日:8月22日)。



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昨秋フランス1部デビューも「悔しさ」

―― 昨シーズンを振り返ると、ASモナコのトップチームデビューが印象的です。昨年9月の開幕戦で初のベンチ入りをしましたが、どんな状況だったのですか。

9月のプレシーズンでトップチームがイタリア遠征に行くときに、帯同することができませんでした。U21のチームメイトが何人か呼ばれていたので、2週間出遅れたという気持ちがあって、悔しさもあったんです。

でも、イタリアから帰ってきた後にトップチームのケガ人が多く、ガードが必要ということで練習に呼んでもらって、1回目の練習からハンドラーとして自分の役割をコーチの前でアピールできたんです。イタリア遠征に自分が行けなかった悔しさを、うまく活かせたと思います。

―― 練習からマシュー・ストラゼルやエリー・オコボといったフランス代表の選手たちと、マッチアップしていたんですよね。

あとジョーダン・ロイドさん(ユーロバスケ2025にポーランド代表として出場)や、ニック・カラテスさんもいましたね。特にエリー・オコボさん(ユーロバスケ2025にフランス代表として出場)は練習で一緒のチームになる機会も多く、ガードとしての駆け引きが本当に上手くて、いつもノーマークでボールがもらえるんです。パスの質もすごく高く、自分が一番学べるものを持っていて、必死に食らいついていました。

―― ベンチ入りは急に決まったのですか。

本当に急でした。開幕戦までずっと練習に参加していたので、毎日必死でした。だから、試合に出るという考えはあまりなくて。それに僕はケガ明けだったので、当初は少し心配もあったのですが、パフォーマンスが上がって自信もついてきて、開幕戦はアウェーゲームでしたが、前日練習が終わったら「帯同して」とコーチから言われたんです。


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―― 開幕戦では出場機会はありませんでしたが、10月に入ると2試合に出場。スタド・ロシュレ戦では、フリースローで初得点も決めましたね。

ベンチ入りは3日前くらいから言われていて、ユーロリーグが開幕したため、トップチームの選手がローテーションしている時期でした。プレータイムを結構もらえることも分かっていて、本当に準備しないといけないと自分にもプレッシャーをかけていましたし、U21の試合が終わった後のゲームでしたので、気持ちも入っていました。

ただ、プレータイムを10分ぐらいもらったものの、自分の力を出しきれませんでした。シュートを決めきれなかったり、チームメイトを活かしきれなかった場面があったので、デビューして得点できた嬉しさというよりも悔しさの方が大きかったです。

―― それでもトップチームの選手と接する時間は、一昨シーズンよりも長かったと思います。昨夏、大河選手を取材したとき、トップチームは「ひとつ一つのプレーに対してのこだわりが高い」と話していましたが、新たな気づきはありましたか。

誰にも見られないところで、しっかりと努力できる選手が多いなと感じました。練習の1時間半前に来て、コートの隅でパーソナルトレーナーとコンディショニングをやっている選手や、チーム練習の始まる1、2時間前にコートへ来て、朝からシューティングをしている選手もいました。

ユーロリーグの強度でプレーし続けるためには、コンディショニングを練習の倍やらないといけなかったり、出てない選手はどういう準備をするのか。トップチームの選手たちを尊敬できる面が増えました。プロで長く結果を出すためには努力や体のケア、こだわるべきところはこだわっている選手が多かったです。


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U21での2年目…「リーダーシップを意識」

―― 一方で、ASモナコU21でのレギュラーシーズンは一昨シーズンを上回る24勝9敗で終えて、個人スタッツも伸びました。平均得点は7.8点から「8.9点」へ、平均アシストは5.9本から「6.6本」へ。どんな振り返りをしていますか。

昨シーズンは一昨シーズンからの継続選手が僕を含めて3人しかいませんでした。そのため序盤戦は個々が違う目標で戦っており、最初の10試合ぐらいはチームのまとまりを欠いていたんです。僕みたいな海外選手と喋らないという選手もいたぐらいで、安定感がありませんでした。

―― それでも、岡田選手はシーズンを通して出場機会を得られて(平均出場は26.3分)活躍していた印象です。チームも終わってみれば良い成績でしたが、どのように取り組んだのでしょうか。

「負けが続いたときに、僕はリーダーシップを意識するようになりました。結局、チームメイトのせいにしても何も変わらないので、自分が責任を持って仲間のミスも全部カバーできるように、声掛けやコミュニケーションで積極的に関わっていくようにしました。英語が話せない選手とも頑張って話して、そこから少しずつかみ合って、スタッツや得点の伸びにつながったと思います」

―― 言語の壁はどう乗り越えましたか。

「選手の母国語の単語を覚えました。フランス語は去年から勉強していたので、フランス人の仲がいいチームメイトに教えてもらって、簡単な単語を使って自分がどう動いてほしいかを伝えたり、逆にどうして欲しいかを聞いたりしていました。特に4番や5番ポジションの選手とはプレーでの関わりが多いので、積極的に話しかけていましたね」


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コーチ独自のやり方で協調性のあるチームに

―― 新しいメンバーが多い中で、チームビルディングをしていくとき、オフコートではどんな様子でしたか。

昨シーズンは当初、本当にバラバラでした。ロッカールームの雰囲気も良くなくて、遅刻する選手もいたり、文句を言って練習から出ていく選手もいました。

でも、コーチが言い続けました。特に、試合後のミーティングが結構ハードで、毎週月曜日に1時間半くらい、試合のオフェンスハイライト、ディフェンスハイライトを映像で見て反省会をするのですが、そこでコーチがボロクソ言うんですよ、みんなに(笑)。選手たちは、ここまでやってきたプライドを持っているのですけど、それを無くしていくんです。コーチがハイライトを交えて「これは違うよ」と示して、どんどん協調性のある選手にしていくように見えました。

―― 映像で見せられるとぐうの音も出ない…

誰だろうが、プレーが悪かったら“悪い”と言われます。コーチは贔屓せず、しっかり言ってくれたことが、チームが成長していくきっかけの一つだと思います。僕は2年目で言われることに慣れもありましたが、ボロクソ言われた後に、少しパフォーマンスが落ちた子もいました。このやり方が良いか悪いかは別にして、そういうやり方から学べることも多かったです。

―― 具体的にはどんな評価をされるんですか。

ディフェンスでは失点を数えられます。例えば自分のマークした相手に3ポイントを決められたら3点というように、ディフェンスコストが計算されて、ワーストディフェンダーとベストディフェンダーが毎試合ランキングで出されます。得点やリバウンドなどオフェンスでの貢献度からディフェンスコストを引いた独自のスタッツが算出されて、プレータイム20分だったら“10”を超えていれば良い選手という評価になるんです。

U21のコーチ独自のやり方で、マイナスになることもあって、そうなるともう厳しく指摘されます(苦笑)。


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―― それは選手にとって辛いですね。

自分のディフェンスをみんなの前で「何やってるの?」と言われるのは、イヤじゃないですか。スイッチのミスのコミュニケーションで1点をもらったり、1対1でやられたら2点をつけられたり。反抗しない選手が何人かいるのですが、僕もその一人になってて、他の選手のディフェンスミスを1点ずつかぶされて10点くらいもらったこともあって……。ミーティング終わりにコーチへ、どういう状況ですか?と聞いたぐらいです(笑)。

でも、個々のディフェンスへの意識を高めたり、チームルールやシステムを理解させる方法として効果があったと思っています。

―― そういった過程を経てプレーオフに進出。2年連続の準優勝でしたが、過去のU21は結果が出ずに苦労していたので、2年連続のファイナリストは大きな成果ではないでしょうか。大河選手もアシストランキングはダントツの1位でした。

昨シーズン序盤から想像できないくらい、みんな成長していました。個人の成長がチームの成長につながって、みんながお互いを尊重するようになり、上手くかみ合いました。勝ちを重ねていくごとに、どんどんチームの結束も生まれていったと思います。

僕はプレーオフのとき、ケガの影響で出場時間がレギュラーシーズンに比べて10分ほど少なかったのですが、出場時間に対するアシスト効率は良かったと思います。それでも、決勝ではチームが苦しい場面でシュートを決めきれなかったり、ターンオーバーがあったりして、自分次第で変わったゲームだと感じました。2年連続決勝で勝てなかった悔しさを力に変えて、これから頑張りたいと思います。


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目標のヨーロッパ1部へ…「結果にこだわって」

―― シーズン終了後は日本に戻ってきて、GYMRATSなどでクリニックのサポートもされたようですね。

父(岡田卓也氏)のクリニックをサポートしていました。僕は小さいころから親がコーチという本当に恵まれた環境でクリニックに参加する機会が多くて、その一回の経験で価値観や考え方が変わるとも感じています。子どもたちのきっかけになってくれたらいいなと思ってやっています。

―― 子どもたちとの接し方で意識していることはありますか。

一番は、メリハリです。休むときは休むけど、練習では目の前のプレーに全力を出す。例えばドリブルのつき方でも、みんな同じことをやるので、自分で考えながらやらないと差はつかないんです。1回目はスピードでつけて、2回目は緩急をつけるとか、3回目は違うリズムでやるとか。そういう変化や考え方を、プレーで見せるようにしています。

―― 自分の経験を子どもたちに還元できる良い機会になっているんですね。子どもたちからヨーロッパでプレーするにはどうすればいいかなど、クリニックで質問を寄せられていませんか。

クリニックは、改めて初心に戻れる機会です。確かに、子どもたちから海外挑戦について質問をもらいますが、僕は子どもたちにバスケットボールを楽しんでやってもらいたいと一番に伝えています。

練習は大変なものですが、そのキツさも楽しさに変えられたら継続できるし、その継続が身になり、成長につながります。今年の夏は日本でいろいろなプロ選手と練習をする機会もありましたが、みんな地味なトレーニングを続けることで成長していると話していました。まず、そういうバスケットボールに取り組む姿勢を大切にしてほしいです。


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―― それではASモナコでの挑戦を終えて、今後の展望を聞かせていただけますか。

まだ予想はできませんが、変わらないのは個人としてのパフォーマンスを上げて、もっと良いプレーをコンスタントにできるようにならないといけないということです。もっと得点でチームに貢献できる機会を増やさないといけませんし、そうすれば周りを活かせる強みがもっと生きると思います。両方できれば、本当に強い武器になると思っています。

―― 常々、ヨーロッパの1部リーグで活躍することが目標です。昨シーズンを踏まえて、現在地と目標の距離は近づいていますか。

気持ちとしては、もう(ヨーロッパの1部で)プレーできるマインドになってきました。昨シーズンを通して、そこが明確になっていますし、トップチームの練習に参加して間違いなく自分が通用することを証明できたので、あのレベルでずっとやっていきたいという気持ちが強くなりました。そのためにも、これから自分がいるところで結果にこだわってやっていきます。


■プロフィール | 岡田大河(Taiga Okada)
2004年生まれ。静岡県出身。2019年秋に15歳でスペインに渡り、同国4部(EBA)に所属するZentro Basket Madridの下部組織へ加入した。2021年10月には同リーグに日本人最年少でプロデビュー。2023年秋よりフランス1部リーグのASモナコのU21チームに移籍。2024-25シーズンには同U21チームに所属しながら、トップチームの選手としてフランス1部リーグに日本人選手として初出場して、得点も挙げた。ポジションはポイントガード。身長174cm・体重71kg。
Instagram @taiga_okada13

岡田大河が明かす、ASモナコU21での挑戦を終えて

TEXT by Hiroyuki Ohashi

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