青木康平が挑む「育成の本質」――WATCH&C CUPが生む未来
167cmという身長ながら日本バスケットボール界きっての攻撃的なPGとして活躍した青木康平。ミニバスから頭角を現し、長丘中学校では全中へ出場。地元の名門福岡大大濠高校から専修大学へ進学。4年時にはインカレ優勝を果たし、大会MVPに選ばれる。大学卒業後はストリートボールの世界へ没頭。日本のストリートボール界のパイオニアとして今も語り継がれるチーム、FAR EATS BALLERSに所属。類まれなハンドルスキルとフィニッシュでシーンを席巻した。2005年にbjリーグが誕生するとプロに転身。抜群のシュートセンスを武器に2016年に引退するまでリーグでもその名を轟かせた。現在は指導者として新たな道を歩んでいる。そんな彼が主催する「WATCH&C CUP」は、単なる競技大会ではなく、次世代のバスケットボールを支える理念が詰まった場だ。大会の目的、そして彼が考える育成の本質について話を聞いた。
勝利至上主義ではなく、「選手を育てる」環境を
WATCH&C CUPは、現在年に2回開催されており、2024年で3年目を迎える。この大会の最大の特徴は、単に勝敗を競う場ではないということだ。
「日本のジュニアバスケットボールは“強化”が進み、勝ちにこだわるチームが増えています。でも、本当に大切なのは、その先の選手の成長。だから僕らのクラブでは、目先の勝利よりも、選手が将来どんなプレーヤーになるかを考えて指導しています」
青木はそう語る。実際に彼のクラブチームでは、選手のポジションを固定せず、選手自身がやりたいポジションを選ぶ機会を設けている。また、大きな選手がセンターとして固定されるのではなく、ガードやフォワードのスキルも磨ける環境を提供している。
「僕らのチームでは、シュートの選択肢を制限しない。大きな選手でもスリーポイントを打つし、それが正しかったかどうかを判断する力を養っていきます。バスケットボールは状況判断のスポーツ。中学・高校の段階で選択肢を狭めるのではなく、将来の可能性を広げることが重要だと思う」
「結果」ではなく「過程」に意味がある
青木自身、各年代の選手時代に全国大会を経験したが、「あの時、勝ったことが今の自分にとって特別な意味を持っているわけではない」と振り返る。
「中学時代、全国大会で優勝を目指して戦ったけど、今振り返って思い出に残っているのは、仲間とのつながりや、そこで得た学びの方が大きい。だから、今の選手たちにも、ただ勝利を目指すだけではなく、バスケットを通じて人間的に成長することの方が大事なことだと伝えています」
WATCH&C CUPでは、試合の勝敗だけでなく、選手がどのようにプレーし、どんな考え方を持つかが重視されている。大会を通じて、選手たちは「勝つことの意味」と「成長することの意味」を学んでいく。
クラブと学校部活の違い、そして共存の可能性
近年、日本のバスケットボール界では、部活動ではなくクラブチームで競技を続ける選手が増えている。青木のクラブでも、学校の部活動と両立する選手はほとんどいない。
「以前は部活とクラブの両立が可能だったけど、今はクラブ一本に絞る選手が増えています。その理由の一つは、クラブチームの環境の方が成長しやすいと考えられているから。特に福岡では、強豪クラブが増えていて、全中(全国中学校バスケットボール大会)に出場するような部活のチームにも勝つことがあるくらい、クラブのレベルが上がっています」
一方で、クラブと部活が完全に分断されるのではなく、交流の機会を増やすことも課題の一つだと語る。
「学校の部活に所属できない選手でも、クラブで経験を積んだ子が学校のバスケ部のアドバイザーのような役割を果たしているケースもあります。部活とクラブがうまく共存しながら、日本のバスケ全体が発展していけばいいと思う」
育成の本質は「選択肢を広げること」
青木が育成で最も重視しているのは、「選択肢を持たせること」だ。特定のプレースタイルを強制するのではなく、あらゆる可能性を広げる指導を行っている。
「例えば、僕が中学時代にセンターをやらされていたら、プロになれたか分からない。でも今のジュニア世代でも、チーム事情でポジションが固定されてしまうことは多いんですよね。だから、うちのクラブでは、選手が自分でプレースタイルを決められる環境つくりを大切にしています」
また、バスケットボールの技術だけでなく、「人間としての成長」にも重点を置いている。
「試合中にチームメイトが倒れたら、真っ先に駆け寄って起こしに行く。こういう思いやりの部分は、技術以上に大切にしています。バスケが上手いだけじゃなく、人として成長することが、最終的に彼らの人生にプラスになると信じているからです」
体育館を作るという新たな挑戦
現在、青木は新たな目標として「体育館の建設」に向けた動きを進めている。単なるバスケットボールの施設ではなく、地域の人々が集まり、学び、成長できる場を作ることが目的だという。
「バスケットボールだけでなく、さまざまなスポーツや地域の活動が行えるコミュニティセンターのような場所を作りたい。選手たちがバスケットを通じて学んだことを、社会に還元できる場があれば、日本のバスケット界全体の成長にもつながるはずです」
育成とは、単に技術を教えるだけでなく、選手たちの将来に寄り添い、成長の機会を提供すること。青木康平が描くバスケットボールの未来は、彼のクラブを巣立った選手たちの活躍を通じて、着実に形になりつつある。
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