• COLUMN
  • 2021.05.06

Tokyo Samurai

日本バスケットボール協会で育成世代の選手を統括する部門の関係者が「レーダー外だった」と言うほど、当時、このチームの存在を認知している者の数は多くなかった。
2015年10月。U16日本男子代表チームがTokyo Samuraiというチームと東京北区のナショナルトレーニングセンターで練習ゲームを行った。
その際、荒削りながらインサイドで一際、身体を張り奮闘していたのが後に日本代表としてFIBAワールドカップに出場することとなったシェーファー アヴィ幸樹(現Bリーグ・シーホース三河)だった。

彼が“通常の”日本の学校に通い部活動をしていたならばそんなことはなかったであろうが、シェーファーは東京のインターナショナルスクールに通いつつ同校がベースとなって発足したこのTokyo Samuraiというチームに所属していたため、存在を知る者が少なかったのだ。
「U16のFIBAアジア選手権を控えていた我々はTokyo Samuraiを招いて練習試合を組んだわけだけど、するとこの2mの選手がインサイドで必死にプレイし、我々のビッグマンを苦戦させたんだ」
当時、U16を含めた男子のアンダーカテゴリー代表のヘッドコーチを務めていたトーステン・ロイブル(現3×3男女日本代表ディレクターコーチ)は、当時をそう回顧する。ロイブルら協会関係者は、すぐさまシェーファーが日本代表でプレイできる資格があるかを確認し、晴れてU18チームに加えることとなった。

そしてシェーファーは先述の通り、A代表としてワールドカップという世界最高峰の舞台を戦い、Bリーグでもオールスターゲームへ選出されるまでになった。高校2年でバスケットボールを本格的に始め、ロイブルいわく「ダイヤモンドの原石」だったシェーファー自身も「Tokyo Samuraiがなければ今こうしてバスケットボールをしていたかもわからない」と言う。
いずれにしても、シェーファーが発見されたことを契機としてこのチームの認知度は、じわじわとではあるが高まっていった。

Tokyo Samuraiは元々、東京・世田谷区のセントメリーインターナショナルスクールをベースとしており、所属選手は同校の他、別のインターナショナルスクール、あるいは米軍基地内の高校などの生徒で、多くがバイレイシャル(両親のいずれかが外国人)である。言葉の面では、日本語も英語も、話せるバイリンガルだ。

2014年の発足だから、歴史はまだ浅い。元々はAAUの大会に参加することが目的で立ち上がった。AAUとはアマチュア・アスレチック・ユニオンの略称で、アメリカのアマチュアスポーツ団体だ。同国においてAAUはバスケットボールでとりわけ盛んで、NCAAのコーチやリクルーターも数多く訪れる。多くのNBA選手たちもAAUでのプレイを経験し強豪大学等を経て、世に羽ばたいていく。

新型コロナウイルスの影響をうけた昨年を除いて、Tokyo Samuraiは毎夏、選抜チームをカリフォルニア州でのAAU大会に派遣してきた。所属選手の多くがアメリカをはじめとする海外の大学へのバスケットボールによる進学を希望しており、AAU大会で関係者の前で自らのプレイを披露することは売り込みという点でも大きな意味がある。現在は、大学修了後のプロ入りの道筋をつけるということも趣旨に加えていいだろう。

年々成長する国内のBリーグも、当然ながらそういったプロリーグのひとつだ。A代表を経験しているシェーファーが特段目立つ例ではあるものの、その他、今季、B2・アースフレンズ東京Zでプレイし先日、NCAA1部・ストーニーブルック大学への進学が決まったケイン・ロバーツや、同じく今季、B1・横浜Bコルセアーズで特別指定選手契約を経て本契約を勝ち取ったケンドリック・ストックマン・ジュニアなどもTokyo Samurai所属から道を拓いている。

夢を持った者が、トライアウトに集結。
4月3日からの2日間の日程で、Tokyo Samuraiは川崎市内でトライアウトを開いた。初日はU16および18、翌日はU15向けのそれとなったが、両日併せて100名を超える参加者が集った(この中には元大相撲の横綱、曙の子息であるコナー・ローワンもU18のグループにいた)。

ちなみにシーセンによれば、今年は約60名の選手でU18からU15までの4チームで構成する予定だとのことで、アメリカでのAAU大会参加については、今夏はコロナの状況を見て派遣を検討していくという。
トライアウト自体は毎年、行われてきたが、より門戸を開いたオープンな形での開催は今回が初めてだった。ゆえに比較はできないが、それだけ多くの応募者が集まったということについては先述したように、同チームの認知度が高まっている証としていいだろう。
「間違いないね」。シーセンも同意する。

「(Bリーグの)プロチームは僕らがどんなチームかを知っているし、実際、プロコーチたちが『今、どんな選手がいるんだい?』などと尋ねてきたりもする。ケンドリック・ストックマンの時などは我々のほうから『こんな選手がいるから1度、見てみてください』と話して、事が進んだんだ」
両親のいずれかが外国人である選手が多いと書いた。あるいはそうではなくても、インターナショナルスクールに通い英語にはまったく問題のない選手も多い、というのがこれまでのTokyo Samuraiだったが、そうしたインターナショナル校以外の、通常の日本の学校に通う選手からの関心も増している。

上記、U16/18対象のトライアウトには、そんな“通常の学校”に通う選手も参加した。東京の実践学園高校の新井翔太と岩手の市立盛岡高校の佐々木響也という、この4月に3年生となった実力者の2人だ。
新井は実践学園中を2018年の全国中学バスケットボール大会優勝に導き昨年度のウィンターカップにも出場。佐々木はB3・岩手ビッグブルズ開催で3月に東日本大震災復興イベントとして昨年度のウィンターカップ優勝の仙台大学付属明成高校と対戦し、敗れはしたものの38得点を挙げている。

ともに“通常の”高校バスケットボールでは十分な実績のある選手だが、今回のTokyo Samuraiのトライアウトでも、参加選手の多くがバイレイシャルで普段とは異なる環境であるにも関わらず、新井はドライブイン、佐々木は3Pシュートなど、それぞれ臆することなく良さを見せた。

新井も佐々木も、高校卒業後の海外進学という目標を描く。その先の、NBAというさらに高いゴールも口にした。
「ハーフの選手たちが多くて大きいので、難しいシュートになるところがあったのですが、そこも楽しんでできたかなと思います」。そう話した新井。年明けから数度、Tokyo Samurai主催のワークアウトにも参加していたということだが、この日のトライアウトでも手応えを感じた様子だった。

一方、東京の高校に通う新井はともかくとして、佐々木は東北の学校の生徒だ。それでも、夢の実現へ向けてトライアウトに合格すれば、盛岡市立での部活動も授業も両立しつつ、できるだけチーム活動に参加する腹づもりである。

「(盛岡市立バスケットボールチームの)先生にも、自分の進路のことでもあるので、部活があるからというので(Samurai参加を)あきらめるのではなくて、できれば両立する形でとは言っていただきました」(佐々木)

Tokyo Samuraiというチームをソーシャルメディア以外ではおおっぴらに宣伝はしていないというシーセンだが、それでもその存在が小川や佐々木のような選手たちの耳に入り、実際に参加を望み始めているというのもやはり「日本のバスケットボールの助けになりたい」という彼とチームの趣旨への理解が進んでいる証左である。

日本協会等とのやりとりも蜜になっており、これまでは正式なチームとしては認められていなかったため関東近辺の高校や大学との練習試合をするに留まっていたが、今年から始まる、部活動、Bリーグのユース、クラブチームらと対戦する東京都のU18のリーグ戦(日本協会関係者によれば将来的にはサッカーのプリンスリーグ、プレミアリーグのような形にする構想があるという)へ参戦する方向となっている。
また仮に今夏、Tokyo SamuraiがAAU大会にチームを送る場合、国内高校バスケットボールの名門校が2名の選手の派遣を検討しているというから、コロナ禍にある中でも様々な話が同時進行で進んでいるようだ。

日本協会が本腰を上げ、Bリーグが成長してきたことで日本のバスケットボールの実力は上がってきたのは間違いないところだが、一方で世界のトップレベルの国々との距離はまだ大きい。
その距離を縮める鍵が育成世代だというのは多くの関係者の同意するところだ。今では旧来からの部活動だけではなく、Bリーグのユースや街クラブといった形態のチームもあり、選手にとって選択肢が増えてきた。

その流れの中で、Tokyo Samuraiは“第4の選択肢”と呼べる存在ではないか。とりわけ海外の大学の進学等を考える選手たちにとっては、ここでしか得られないメリットが大いにありそうだ。
このチームからアンダーカテゴリーの男子の代表や代表候補になる例は既にあるが、近い将来、シェーファーのようにここからA代表に入ってくる選手が出てきても、何ら不思議ではない。

*敬称略

Tokyo Samurai

TEXT by Kaz Nagatsuka

MOST POPULAR