日本バスケットボール再生への道「#CHANGE_JBA」vol.15

COLUMN | APR. 8, 2015

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2004年からスタートした日本初のプロバスケットボールリーグであるターキッシュ エアラインズ bjリーグを河内敏光コミッショナーと共に立ち上げた、株式会社日本プロバスケットボールリーグ専務取締役、阿部達也氏に日本バスケットボール再生への道『#CHANGE_JBA』インタビューを実施。10年の年月を経て、バスケットボールの市場を拡大してきたbjリーグはこの状況をどう捉えているのか?阿部氏のお考えをお聞きした。

―新リーグに関して

我々は新リーグを非常に前向きに捉えています。株式会社日本プロバスケットボールリーグとしての関わり方はこれから話し合っていきますが、7月末にリーグのチーム編成が決定すると聞いていますので、その辺りがひとつの目処だと思っています。それよりまずはJBAの基幹人事、つまり会長が決まらないと物事は進まないですし、新しい体制で期待感を抱かせる協会人事をして欲しいと考えています。もちろん新リーグやJBAから呼ばれたら何でもお手伝いさせていただこうと思っています。

私としては新リーグがどういう方向に向かうのが良いのか?今、新リーグの参加チームの理念ばかりが問われていますが、リーグの理念の方がもっと大事なのではないでしょうか。bjリーグで言うと地域密着のマーケティングを進めてきた自負はあるのですが、代表強化と国際試合という部分は、もっとやれたのではないかと感じています。そもそも代表強化はJBAの仕事であり、国際試合はFIBAの管轄になっていますので、立ち上げた時にJBAの認可を受けられずに独立リーグとして生きていく道しかなかったbjリーグでは願いは叶わなかった部分もあります。

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しかし新リーグは状況が違いますし、色んな支援があります。FIBAアジアチャンピオンズカップという大会(FIBAアジア主催で毎年開催される男子バスケットボールのアジアクラブチームの国際大会)が毎年行われていますが、1996年にいすゞが準優勝した以来、最近の日本は出場すらしていません。出ないのであればbjリーグのチームを出させてくれと打診したこともありましたが実現しませんでした。私も何度か観に行っていますが、とてもハイレベルな大会なので絶対出たほうが良い。出場しないことが日本の重大な損失だと思えてなりません。ロンドンオリンピックで、アジアチャンピオンである中国が1勝もあげられなかった。それが今のアジアのレベルです。アフリカにも追いぬかれている現状の中、新リーグは日本一ではなくアジア一という目標を掲げるのも良いのではないでしょうか。そして年に一度の国際大会だけじゃなくて、何度も対戦していくようなリーグを作る。bjリーグでも構想していたアジアリーグが実現出来ると考えています。週末は自国のリーグを戦い、平日に国際試合を通じて強化していく。国際空港から近郊のアリーナで開催することで十分可能になります。ヨーロッパのレベルが急激に上がった要因は、各国が協会とプロリーグがしっかりと連携していることに加えて、ユーロリーグで近隣国と競い合っていることが上げられます。競技人口が多く経済大国である日本はアジア諸国から期待されています。日本一で満足している場合ではありません。FIBAアジアチャンピオンカップは外国人オンザコート2人のルールなので、それに合わせたルールを検討していっても良いでしょう。新リーグはアジアのレベルを牽引するリーグだという視点を入れていくことが必要だと思っています。

―リーグを根底にした日本代表の強化に関して

私が一番大事なのは覚悟だと思っています。あまり過度なプレッシャーを選手やヘッドコーチにかけるべきではないと思いますが、代表チームには負けたら日本に帰れない気概があるかどうか、選手選考する側も選手と心中する気があるのかといった点が重要です。もちろん今までも一生懸命100%力を出してやっているに違いないと思うのですが、どうしてもプロとしての覚悟が足りないように思えました。そういう意味でも日本のバスケットボールがプロとしての覚悟を持つことに期待してbjリーグを立ち上げたのです。今年結果が出なければ来年クビになる。地方チームであれば地元メディアも取り上げ緊張感が出てくる。リーグの本質は、選手が最大限の力を発揮して、ヘッドコーチがそれを引き出して、チームが成長していくことです。リーグは選手の環境を整えることを大事に考える一方で、どんどん追い込んでいき、お互い緊張した関係を作っていくことを目指す。つまりは逃げられない状況を作っていく。それを乗り越えた選手には凄味が出てきます。人間は弱いので、どっかに逃げ道があると逃げてしまいます。スポーツの面白味は、ひとつのことに集中して限界を超えていくことです。観客はそれに感動を覚えて惹かれていくはずです、これはリーグ経営の肝心なことだと思っています。

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bjリーグを10年やってきて、いま残っている選手はそれなりの覚悟の持ち主です。仲西選手、城宝選手、青木選手、日下選手、清水選手などそうとうタフだし、そういう選手は日本代表に選考したら精神的な支柱になるはずです。チーム経営者も同様で、bjのチームを5年以上経営されている方は経営力はもちろん、覚悟も持ちあわせています。プロバスケットボールというジャンルで最初の5年間は協会からも認可されない独立リーグでしたし、続けるにあたっては大変な苦労がありました。しかし、そのおかげで逞しく育ちました。この人材は日本のバスケット界にとってかけがえのない宝だと思っています。厳しい環境でやってきた選手やチームは、新リーグで色んな支援を受けられるようになったら必ずステップアップするはずです。bjリーグは多くのブースターと人材を残すことが出来たのではないかと思っています。

その他にもbjリーグが出来、アリーナスポーツを楽しむ文化が出来てきました。今ではホームアンドアウェーが普通に語られていますが、リーグ設立当時は、年間20試合を同じ場所でやるなんてお客さんが入るはずがないと言われ続けました。NBAやサッカー、野球が出来ているのにバスケはなんで出来ないのだという気持ちでやってきた訳です。すごく時間はかかりましたが、90年代半ばからJBLのプロ化が検討された時の理想に、20年かけてやっと近づいてきました。こうなったら統合しただけではつまらない。NBLとbjリーグがくっついて1+1が2になったって価値は見出せないでしょう。最初の1年は、実業団とプロどっちが強いのかということになると思いますが、リーグは常に3〜5年先を考えて設計やっていかないといけません。アジアリーグをやろうと言っても3年後になるんです。どんどん仕掛けていってバスケットは制裁受けたけどエライ勢いだなと、国民のみなさんに思ってもらう。そして、リーグを土台に日本代表が強化されてバスケットが国民的な人気を得ることを信じています。

#CHANGE_JBA
http://www.bj-league.com

阿部達也
生年月日:1965年10月26日
出身:大阪
出身大学:京都大学
身長:174cm
経歴:茨木高校では大阪3位、京都大学在学時に関西学生2年連続得点王、関西選抜主将。卒業後88年リクルート入社。在職中の94年からJBLの設立準備室企画担当、大阪バスケットボール協会理事、関西学生連盟理事、日本学生連盟理事を兼務。スポーツ産業振興、バスケ普及強化のため04年マンションの一室からbj設立し、05年bjリーグを開幕。株式会社日本プロバスケットボールリーグ専務取締役。

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